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大阪地方裁判所 平成8年(わ)123号 判決 1996年12月09日

本籍

大阪市東住吉区湯里一丁目九一番地

住居

同区桑津二丁目一四番二八号ヴェルドール河堀口七〇一号

会社役員

辰巳義孝

昭和二四年二月四日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官酒井徳矢出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年及び罰金一一〇〇万円に処する。

右罰金を完納できないときは、金一五万円を一日に換算した期間(端数は一日に換算する。)被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、大阪市東住吉区桑津二丁目一四番二八番ヴェルドール河堀口七〇一号に住所を置くものであるが、被告人から依頼を受けて被告人の平成二年分の所得税確定申告手続に関与した道下貞彦及び岡本末隆と共謀の上、被告人の同年分の所得税を免れようと企て、実際には、被告人において租税特別措置法三七条四項に規定する譲渡所得の課税の特例の適用を受けるための買換資産を取得する意図がなく、被告人の同年分の分離課税の長期譲渡所得金額が二億六六四〇万五三四八円(別紙一修正損益計算書参照)で、これに対する所得税額が六四六〇万一二〇〇円(別紙二税額計算書参照)であったにもかかわらず、被告人において平成三年中に右特例の適用を受けるために買換資産として建設機械を取得する見込みである旨の虚偽の内容を記載した買換え証人申請書及び右特例の適用により被告人の平成二年分の長期譲渡所得金額が五三八六万三〇六〇円(別紙一修正損益計算書参照)で、これに対する所得税額が一一四六万五七〇〇円(別紙二税額計算書参照)である旨の虚偽の内容を記載した所得税確定申告書を作成してその所得の一部を秘匿し、平成三年三月一三日、大阪市平野区平野西二丁目二番二号所在の所轄東住吉税務署において、同税務署長に対し、右買換え承認申請書及び所得税確定申告書を提出し、右特例の適用についての承認を受けた上、同年中に買換資産として右建設機械を取得した事実がないのに、これを購入した旨の代金請求書及び領収証を作成してその購入の事実を仮装し、右特例の適用を受ける際の修正申告期限である平成四年四月三〇日までに、同税務署長に対し、所得税の修正申告書を提出せず、もって、不正の行為により、別紙二税額計算書記載のとおり、被告人の平成二年分の所得税五三一三万五五〇〇円を免れたものである。

(証拠の標目)(括弧内の番号は証拠等関係カードにおける検察官請求証拠の番号を示す。)

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する各供述調書〔二六八ないし二七〇〕

一  分離前の相被告人道下貞彦及び岡本末隆の当公判廷における各供述

一  道下貞彦〔二七三(不同意部分を除く。)、二七四、二七五(不同意部分を除く。)〕、岡本末隆〔二七六(不同意部分を除く。)、二七七(不同意部分を除く。)、二七八(不同意部分を除く。)〕、山口耕作〔二六三(不同意部分を除く。)〕、北野繁和〔二六五〕、植野元三〔二六六〕及び盛山剛〔二六七(不同意部分を除く。)〕の検察官に対する各供述調書

一  査察官調査書〔二六〇(不同意部分を除く。)、二六一、二六二〕

一  査察官調査報告書〔二五六、二五七〕

一  証明書〔二五四〕

一  「所轄税務署の所在地について」と題する書面〔二五五〕

一  土地登記簿謄本〔二五八〕

一  建物閉鎖登記簿謄本〔二五九〕

(法令の適用)

被告人の判示所為は平成七年法律第九一号(刑法の一部を改正する法律)附則二条一項本文により同法による改正前の刑法(以下「旧刑法」という。)六五条一項、六〇条、所得税法二三八条一項に該当するところ、所定刑中懲役刑及び罰金刑の併科を選択し、かつ、情状により、同条二項を適用して右の罰金の額はその免れた所得税の額に相当する額以下とし、その所定刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役一年及び罰金一一〇〇万円に処し、右罰金を完納することができないときは、旧刑法一八条により金一五万円を一日に換算した期間(端数は一日に換算する。)被告人を労役場に留置することとし、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。

(量刑の理由)

本件は、被告人が、道下貞彦及び岡本末隆と共謀の上、自己の土地建物の譲渡所得に関し、所得税五三〇〇万円余りをほ脱したという事案である。

その犯行態様は、被告人の土地建物の譲渡所得に関し、買換資産を取得する意図がないのに、かかる意図があるように装って、租税特別措置法三七条四項の課税の特例の適用による過少な所得税を申告し、その後、買換資産を購入せず、修正申告もしないままに修正申告期限を徒過させて所得税約五三〇〇万円を免れたというものであるところ、買換資産の購入の事実を仮装するために、内容虚偽の領収証や請求書を作成し、また、同和団体が税務署に対して圧力をかけられるとの認識から、脱税の発覚を防止し、発覚した際にも税務署に圧力をかけて摘発を免れるため、被告人が同和団体の幹部の肩書を持つ岡本から買換資産を購入したように装い、さらに、修正申告期限後に税務署から買換資産の購入の事実の有無について問い合わせがあった際には前記の領収証や請求書を平和商工会を通じて提出するなど、犯行は計画的かつ巧妙なものであり、ほ脱税率も約八二パーセントと高率であるから、犯行は悪質である。

被告人は、知人に税金を安くする方法はないか尋ねたところ、その知人から岡本を紹介され、さらに岡本から道下を紹介されて、道下から本件の脱税方法を提案されたのであり、道下らに脱税を依頼するかどうか、その場ではあいまいな返事しかしなかったものの、後日、岡本から電話を受けた際には、道下提案による申告が悪質な脱税となることを十分認識しながら、道下らに脱税を依頼するに至ったのであり、納税義務者である被告人の右依頼がなければ本件犯行は実現しなかったのであるから、被告人が本件犯行において果たした役割は欠くことのできない重要なものと評価できる。

さらに、被告人は、本件でほ脱した所得税について、いまだ本税の大半を納付しておらず、今後も直ちに全額を納付することは困難といわざるを得ない状況にあることをも考慮すると、被告人の刑事責任は重大である。

しかしながら、被告人は、道下及び岡本からの強い勧誘によって脱税を依頼し、本件犯行に至ったという経緯もあること、脱税方法の決定や脱税工作は専ら道下及び岡本においてなされており、これらの点における被告人の関与は小さいこと、被告人は、本件の所得税に関し、修正申告の上、ほ脱した本税のうち、約七二〇万円をすでに納付しており、今後も加算税、延滞税を含めた全額を納付していく旨誓約していること、被告人は、本件脱税の摘発により、自宅マンションの差押えを受けるなどしていること、被告人には、同種前科がなく、業務上過失致死罪による古い前科があるに過ぎないこと、反省態度等被告人に有利な事情も認められる。

そこで、以上の諸事情を総合して考慮した結果、被告人には主文の懲役刑及び罰金刑に処した上、懲役刑についてはその執行を猶予するのが相当であると判断した。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中正人 裁判官 伊元啓 裁判官 渡部市郎)

別紙一

修正損益計算書

<省略>

別紙二

税額計算書

<省略>

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